備中松山城

岡山県高梁市

現存12天守 日本百名城


別 名  松山城 (正式名称)、高梁城
城郭構造  連郭式山城
天守構造  複合式層塔型2重2階(天和元年(1681年)改)
築城主  秋庭三郎重信
築城年  1240年
主な改修者  三村元親、水谷勝宗
歴代城主  三村氏、水谷氏、板倉氏
廃城年  1874年 (明治7年)
遺 構  現存天守、櫓、塀、石垣、土塁
指定文化財  重要文化財(天守、二重櫓、土塀)、 国の史跡
再建造物  櫓、門、塀


ふいご峠駐車場

(備中松山城登山口)
中太鼓の丸跡
大手門跡
大手門跡脇の石垣
三の平櫓東土塀

(重要文化財)
三の丸
二の丸
五の平櫓

(1994年 復元)
五の平櫓、本丸南御門、六の平櫓

(1994年 復元)
本丸
天守

(現存、重要文化財)
天守内部
二重櫓

(現存、重要文化財)
本丸東御門

(1994年 復元)
腕木御門

(1994年 復元)
後曲輪跡
猫城主「さんじゅーろー」

 「青春18きっぷ」(3日間用)を使って、岡山・広島方面に二泊三日の旅に出かけた。旅の目的は、備中松山城の見学と福塩線の乗車だった。備中松山城には学生時代に訪れたことがあるが、写真が残っていなくて、大昔のことなので記憶が曖昧だ。現存 12天守の一つなので、ずっと再訪したいと考えていた。
 正式名称は松山城だが、各地にある同名の城との混同を避けるため、一般的には備中松山城と呼ぶことが多い。現存天守 12城の一つで、この中で唯一の山城だ。臥牛山山頂(標高487m)から南稜線にかけて遺構が残っていて、そのうち一つである小松山城跡に現存天守(標高430m)がある。城のある臥牛山(松山)は4つの峰からなり、小松山に本丸・二の丸・三の丸が階段状に配され、大松山、天神の丸、前山にも遺構がある。この城は戦に備えて建設された「詰の城」で通常はあまり使われていなかったと思われる。江戸期の備中松山藩時代は、山麓の城下町に「御根小屋」と呼ばれる藩主の御殿と家来の武家屋敷群を構え、そこで藩の政務を行っていた。城跡が国の史跡に指定され、江戸時代に建造された天守、二重櫓、土塀の一部が重要文化財に指定されている。そのほかに石垣、1994年に復元された櫓、門、土塀が現存する。日本三大山城の一つとされる。
 現存天守を目当てに出かけたが、大手門の石垣など、これだけの山上にこれだけの遺構が残っているとは思わなかった。記憶の中には天守と二重櫓しか残っていなかったが、復元された櫓、門、土塀はその後に整備されたためのようだ。ふいご峠から天守までの山歩きも気持ちが良く、予想以上の満足感だった。タクシーを利用して朝早めにスタートしたので、静かな山歩きと素晴らしい備中松山城の遺構を楽しむことができた。

訪問日 : 2025.3.9





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