福知山城

京都府福知山市


別 名  横山城、臥龍城
城郭構造  平山城
天守構造  外観復元 (複合連結式望楼型、鉄筋コンクリート造 1986年(昭和61年))
築城主  明智光秀
築城年  1579年(天正7年)
主な改修者  京極忠高
歴代城主  明智氏、朽木氏
廃城年  1873年 (明治6年)
遺 構  曲輪、石垣、井戸、移築番所・門
指定文化財  福知山市史跡(石垣部分)
再建造物  大・小天守、釣鐘門


銅門番所(あかがねもんばんしょ)

(二ノ丸の登城口から大正年間に天守台に移築され、天守閣の再建に伴い再び本丸跡に移転された。唯一の現存建造物。)
釣鐘門(つりがねもん)

(2008年復元)
朝暉神社(あさひじんじゃ)

(1669年(寛文9年)6月に入部した、初代藩主・朽木稙昌が父・稙綱を藩祖として城中に祀ったことにはじまり。11代藩主・綱條のときに一社を建立して朝暉神社と号した。廃藩により城外に移されたが、1881年に町民らの要望によって天守台跡に再建された。さらに1986年の天守再建にともなって、現在の位置に移築された。)
豊磐の井(とよいわのい)

(本丸、天守の東側に残っている大型の井戸。この井戸は城主であった朽木稙昌の父稙綱の神号「豊磐稙綱命」にちなんだもの。井戸の深さは50mあり、海面下7mに達する。高所に関わらず水深37mもあり、現在も満々と水をたたえている。)
復元天守

(大天守(3層4階)、続櫓、小天守が連結)
復元天守四階

(展望室)
四階からの眺め

(手前は小天守)
銅門番所脇のトイレと門
小天守を見上げる
市役所前からの福知山城


訪問日 : 2023.03.17




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