山陰本線の未乗車区間として残っている、「出雲市-江津」「益田-幡生」「長門市-仙崎(仙崎支線)」を全て乗車する二泊三日の旅に出かけた。乗車のついでに、出雲大社、青海島、小倉城、福岡城などを見学した。その旅で、小倉に宿泊した三日目、小倉城を見学後福岡に移動して訪れた。
1600年(慶長5年)、黒田孝高・長政父子は関ヶ原の戦いの功績により豊前国中津16万石から、筑前一国52万3千石で筑前名島に入封した。筑前の旧領主小早川秀秋の居城であった名島城に入城したが、便宜上から名島城を廃し、福崎丘陵を新城地に選定した。地名を福岡と改め、福岡城は、1601年(慶長6年)には築城が開始され、7年後の1607年(慶長12年)に竣工した。
1646年(正保3年)に作成された福岡城を描いた最古の絵図『福博惣絵図』には天守は描かれていないため、幕府への遠慮から天守は造築されなかったというのが従来からの定説となっている。 城跡の主要部分は国の史跡に指定され、舞鶴公園と大濠公園となっている。城跡には現存櫓や移築された櫓や城門、復元された櫓や城門が点在している。なお、平和台球場跡から出土した国史跡鴻臚館跡がある三の丸跡は二重に史跡指定されている。
福岡市地下鉄で赤坂駅まで行き、舞鶴公園内をぐるりと回って大濠公園駅まで歩いた。城跡には現存櫓や移築された櫓や城門、復元された櫓や城門が点在していて、かなり見応えがあった。しかし、広い範囲に点在していたので、結構歩き疲れた。移動の途中荷物を預けるタイミングが無かったので、大きな荷物を持ったままの移動だった。天守台は発掘調査のため、12月中旬まで立入り禁止となっていたのは残念だった。
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