福山城

広島県福山市

日本百名城


別 名  久松城、葦陽城
城郭構造  輪郭式平山城
天守構造  複合式層塔型5重5階地下1階 (非現存、1966年-鉄筋コンクリート造復興 )
築城主  水野勝成
築城年  1622年
主な改修者  阿部氏
歴代城主  水野氏、松平氏、阿部氏
廃城年  1874年 (明治7年)
遺 構  櫓、門、鐘楼、石垣
指定文化財  重要文化財(伏見櫓、筋鉄御門)、福山市指定重要文化財(鐘楼)
再建造物  天守、月見櫓、御湯殿


福山駅新幹線上りホームから眺める
伏見櫓(現存、重要文化財)

(慶長6年(1601年)前後に建てられた伏見城松の丸の東櫓を元和6年(1620年)に移築)
筋鉄御門

(現存、重要文化財)
鐘櫓

(一部現存、福山市指定重要文化財(鐘楼部のみ))
御湯殿

(1966年 再建)
月見櫓

(1966年 再建(復興))
鏡櫓

(1973年 再建(復興))
復興天守

(1966年 再建、2022年 改修)
天守五階からの眺め
黄金水
福山城公園東門
福山駅北口前から福山城を望む

 「青春18きっぷ」(3日間用)を使って、岡山・広島方面に二泊三日の旅に出かけた。旅の目的は、備中松山城の見学と福塩線の乗車だった。その二日目に備中松山城を見学して、福山に移動して福山城を見学した。福山を訪れるのは初めてだ。
 福山城は 1873年(明治6年)の廃城令による取り壊しを免れ、本丸の天守(付櫓を含む)・筋鉄御門・伏見櫓・御湯殿・鐘櫓の5棟の建築物が残されていた。しかし、1945年(昭和20年)の福山大空襲によって、伏見櫓、筋鉄御門(ともに、国の重要文化財)、鐘櫓を残して焼失している。現在の天守(付櫓含む)、月見櫓、御湯殿は 1966年(昭和41年)に鉄筋コンクリート構造で復興されたものだ。再建された天守内部は福山市立福山城博物館として利用されている。福山城跡は本丸と二の丸が福山城公園として整備されていて、市民の憩いの場所となっている。
 事前のイメージでは、大規模なコンクリート造りの復興天守が立っている程度しか無かったが、実際にはかなり大規模に整備された城跡だ。その天守は予想以上に巨大なもので、姫路城と比べても遜色がないくらいだ。
 その天守は昭和41年(1966年)に鉄筋コンクリート構造により再建されたが、古写真等の資料が比較的多く残っていたにもかかわらず、史実よりも現代的な美観が優先されたことや建築基準法に従ったことなどから、北面の鉄坂張が省略され、窓の形状や配置など多くの点が旧状と異なっていた。しかし、令和の大普請(2020年(令和2年)~2022年(令和4年))では、残された古写真や他城の鉄板の調査、往時の鉄板との比較検証などを行い、素材感などを再現するとともに安全性・再現性に配慮した復元的整備を実施。全国唯一といわれる天守北側鉄板張りや最上階の窓形状、狭間など往時の姿に外観復元された。

訪問日 : 2025.3.9





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