
広島城
広島県広島市
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| 別 名 |
鯉城、在間城、当麻城 |
| 城郭構造 |
輪郭式平城 |
| 天守構造 |
複連結式望楼型5重5階(非現存、1958年-鉄筋コンクリート造外観復元) |
| 築城主 |
毛利輝元 |
| 築城年 |
1589年(天正17年) |
| 主な改修者 |
福島正則 |
| 歴代城主 |
毛利氏、福島氏、浅野氏 |
| 廃城年 |
1871年 (明治4年) |
| 遺 構 |
石垣、堀 |
| 指定文化財 |
国の史跡 |
| 再建造物 |
外観復元大天守、表御門、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓 |
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二の丸
表御門・平櫓・多聞櫓・太鼓櫓
(1989年(平成元年)~1994年(平成6年) 復元) |
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二の丸
御門橋、表御門
(1989年(平成元年)~1991年(平成3年) 復元)
平櫓
(1991(平成3年)~1994年(平成6年) 復元) |
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二の丸
表御門
(1989年(平成元年)~1991年(平成3年) 復元) |
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二の丸
多聞櫓
(1991年(平成3年)~1994年(平成6年) 復元) |
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二の丸
太鼓櫓
(1991年(平成3年)~1994年(平成6年) 復元) |
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中御門跡 |
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広島大本営跡 |
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天守
(1958年 外観復元) |
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天守内部 |
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天守五階からの展望 |
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東小天守跡 |
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裏御門跡 |
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二の丸
平櫓
(二の丸復元建物内部見学入口) |
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二の丸
二の丸復元建物内部 |
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内堀と石垣 |
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東海道・山陽新幹線を使って、広島城見学の二泊三日の旅に出かけた。広島城をメインに訪れた理由は、広島城天守が 2026年3月22日に閉城する旨、2025年4月23日に発表となったからだ。閉城が近づくと混雑が予想される。旅行初日に岡山城と後楽園を見学して、翌日に広島城を見学した。広島城には学生時代に訪れたと思うが、その時の記憶はほとんどない。
広島城の天守は、安土桃山時代に建てられた国宝(旧国宝)に指定されていた木造の大天守が 1945年(昭和20年)に原子爆弾の爆風により倒壊した後、1958年(昭和33年)に外観復元された。火災対策のため、木造からSRC造に変更している。最上階のみを木造での復元としたり、懸魚の形状を古写真に基づくものではなく創建当初のものを想定するなど初代天守の忠実復元を試みていた一方で、窓の意匠について本来、突上窓であるものを、連子窓(格子窓)として復元したり、南廊下の1階・2階に窓を新たに開けるなど、戦災以前の外観とは異なる部分が指摘されている。再建後 60年以上が経ち、老朽化が進んで耐震性を満たしていないため閉城とのことだ。閉城後も外観は当面維持するとされているが、その後の復元についてはまだはっきりとは決まっていない。木造天守の復元計画もあるので、この後の動向が気になる。
天守等建造物の入場は9時からだが、その前に城跡を歩いて見て回った。入場時間に合わせて天守に戻り、内部が博物館になっている天守を見学する。外国人を含む観光客が入場を待っていたが、まだそんなに混雑はしていない。この天守は 2026年3月22日にを閉館されてしまうが、天守内の刀剣や鎧などの展示品は三の丸に新たに整備する歴史館に移される。
また、1989年(平成元年)から行われた改修の際に、二の丸の「表御門」「太鼓櫓」「多聞櫓」「平櫓」が復元されていて内部も公開されている。こちらを見学するのは初めてだが、本当に良く整備されている。天守自体よりもこちらの方が印象に残っているくらいだ。
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訪問日 : 2025.6.2
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