JR西日本/木次線(備後落合→宍道) 乗車記

2022.4.6


乗車区間  備後落合 9:20 → 木次 11:28 (1450D)
 木次 11:54 → 宍道 12:28 (1452D)
 
 
乗車列車  普通 1450D 備後落合発、木次行き
 普通 1452D 木次発、宍道行き
車両  JR西日本キハ120形気動車0番台 / 5(1両/後藤総合車両所出雲支所)(1450D)
 JR西日本キハ120形気動車0番台 / 5(1両/後藤総合車両所出雲支所)(1452D)

木次線・路線図

木次線について
 島根県松江市の宍道駅から広島県庄原市の備後落合駅に至るJR西日本の鉄道路線(地方交通線)。路線距離は81.9㎞で、全線単線、非電化。かつては、芸備線と結んで山陰山陽連絡線のひとつとして機能していた。しかし、中国自動車道の開通や、山陽新幹線と接続する伯備線の特急列車網の整備などで、広島市から木次線を経由して松江市・米子市などと結んでいた陰陽連絡路線としての役割は失われた。JR西日本の他のローカル線と同様に、保守点検の合理化を目的とした25km/h-30km/hの速度制限箇所が多数あり、軽便鉄道並みの運用となっている。
 1916年10月に宍道-木次間は簸上鉄道によって1916年10月に開業した。1932年12月、国有鉄道木次線として木次-出雲三成間が開業、1934年8月、簸上鉄道が国有化され、宍道-出雲三成間が木次線となった。同年11月、出雲三成-八川間が延伸開業、1937年12月、八川-備後落合間が延伸開業して全通した。
 1980年代初頭の「第2次特定地方交通線」(輸送密度500人/日以上2000人/日未満)に指定され、廃止対象となる予定だったが、当時「沿線道路が未整備である」として対象から除外された。
 2022年4月、JR西日本は、2019年度の輸送密度2000人未満の線区について、収支状況と営業係数を公表した。対象となったのは17路線30線区だった。その中に木次線の全区間が含まれている。各区間の内訳は、宍道-出雲横田(277人)、出雲横田-備後落合(37人)となっている。

2022.10.11 作成


 中国地方のローカル線乗車を目的とした三泊四日の旅に出かけた。当初は大人の休日パスを使って東北地方の未乗車区間を乗りつぶそうと計画していたが、3月16日に発生した福島県沖地震のため東北新幹線が一部区間不通となってしまったため、その旅行はあきらめた。その代わりに、姫新線、芸備線(備中神代-三次間)、木次線乗車に出かけることにした。中国地方にも未乗車区間は多いが、とりあえず続けて乗車出来る路線として3線を選んだ。JALのマイルがたまっているため、マイルと青春18きっぷの残り1回分を使った。
 旅行三日目に前日乗車した芸備線に乗り備後落合まで戻り、初乗車となる木次線に乗り換える。木次線については40年以上前に、広島から宍道まで急行「ちどり」に乗車したことがある。芸備線、木次線経由の急行気動車で、これらの路線が陰陽連絡路線として機能していた時代のことだ。大昔のことで記憶は定かで無いが、一応ちゃんとしたメモは残っている。そういうわけだが、学生時代の乗車は別として、改めて仕切り直してJR線全線乗車(?)に挑んでいる。

 JR西日本 / 備後落合駅(広島県庄原市) / 9:20 発車

 木次発 1441D は定刻の 9:06 に到着した。車両は木次線色のキハ120形0番台・1両だった。これが折り返し木次行き 1450D になる。到着時には待合室でボランティアの人の話を聞いていたので、1441D に何人乗車していたかは分からない。話の途中で、木次線に乗車するためにわざわざ自動車で来た人2名が加わった。
 1450D に乗り込んだのは、観光客9人(5人はどうやってここまでやって来たのか確認していない)、NHKスタッフ3人、JR西日本の職員1人の合計13人となった。静かな車内ではなくなったが、このくらいの人数では問題ない。NHKの撮影が入っていたが、お互い気を遣いながら邪魔にはならなかった。個人的にはこの木次線乗車はおまけのようなつもりでいたが、「奥出雲おろち号」が運転されているように、立派な観光路線だということがわかった。

 木次線 普通 1450D 備後落合(9:20)発、木次(11:28)行き
 
JR西日本キハ120形気動車0番台 / 5(木次色/1両/JR西日本/後藤総合車両所出雲支所)

 備後落合を出発して先ほど乗車してきた芸備線を左に分けると、すぐに急勾配を上り始める。トンネルや橋が続く深い山の中で、急カーブも多いため 25㎞ 制限区間もちらほらある。この区間ではほとんどソフトバンクの携帯の電波が来ていなかった。
 油木を過ぎてさらに上っていくと県境があり、広島県からと島根県に入る。島根県に入るとすぐに木次線で一番標高の高い三井野原に到着する。三井野原駅の標高は 727m で、JR西日本でも最も標高の高いところにある駅でもある。この地区はかつては広島県で、昭和28年に島根県に編入されたそうだ。

 三井野原駅(島根県仁多郡奥出雲町) / 9:46

 これから走る三井野原-出雲坂根間が木次線のハイライトだ。最初の第八坂根トンネルの手前あたりまで緩い上り坂が続き、このあたりが鉄道最高地点になるようだ。今度は下り勾配に変わるが、第八坂根トンネルを抜けると左手に真っ赤な国道314号線の三井野大橋が見えてくる。

 車窓 / 国道314号線 三井野大橋(三井野原→出雲坂根)

 さらに進むと、三井野大橋から続く国道314号線の奥出雲おろちループが見えてくる。ここで列車は少しの間停車してくれたが、これが日常のサービスなのか、NHKの撮影が入っているから特別なのか分からない。しかし、おかげでこの素晴らしい眺めを堪能することができた。

 車窓 / 国道314号線 奥出雲おろちループ(三井野原→出雲坂根)

 三井野原と出雲坂根の標高差は 163m あり、木次線は三段式スイッチバックで高低差をクリアしている。一方国道314号線の方は、巨大二重ループ(奥出雲おろちループ)で標高差に対応している。木次線は山腹を大きく迂回しながら標高を下げて、最後に三段式スイッチバックで標高差を稼いでいる。
 最初の折り返しの分岐器にはシェルターが付けられていて、その先で一旦停止して方向転換が行われる。ブレーキハンドルなどを持って運転者は車内を反対側に移動していった。分岐器にシェルターが付けられているところを見ると、このあたりの冬の冷え込みは厳しくかなりの降雪があるのだろう。

 車窓(後方) / 出雲坂根三段式スイッチバック(三井野原→出雲坂根)

 列車は方向を変えて、何事もなかったかのように走り出した。まっすぐ下っていって、二つ目の分岐器を過ぎた先が出雲坂根駅となる。この駅が二回目の折り返し地点だ。車両先頭側はNHKのクルーと乗客が集まっているので、誰もいない後ろ側に陣取ってスイッチバックを楽しんだ。
 駅には何人かギャラリーが集まっていた。服装からすると、地元の人のようだ。ほとんど乗降客のいない山の中にしてはあまりに立派な駅舎が印象的だ。観光誘致という狙いもあるのだろうが、集会場が併設されているとのことだ。3分間の停車時間があるのでホームに降りられるかと思ったが、2分ほど遅れていてすぐに発車するので、NHKのクルーも降りないよう指示されていた。

 出雲坂根駅(島根県仁多郡奥出雲町) / 10:05~08(定刻 10:03~06)

 運転手は再び反対側に移動して、列車は間もなく来た方向に向かって走り出した。ポイントで左の方に下る線路に入り、さらに下っていく。これで三段式スイッチバックは終了だ。こうした構造のスイッチバック駅は、他に豊肥本線の立野駅と肥薩線の大畑駅くらいしか思い当たらない。そのうち、肥薩線の八代-吉松間は 2020年7月の豪雨により運行休止となっていて、復旧のめどが立っていないようだ。ループ線の中にスイッチバック駅のあるという、珍しい大畑駅(肥薩線)がどうなるか心配だ。

 車窓(後方) / 出雲坂根三段式スイッチバック(出雲坂根→八川)

 ずっと乗降客はなかったが、出雲横田で初めて乗車する乗客が1人いた。奥出雲町内では一番大きな駅で、駅周辺は開けている。列車交換可能な駅だが、この列車は1分停車で出発した。

 八川駅(島根県仁多郡奥出雲町) / 10:22~23(定刻 10:20~21)

 出雲横田駅(島根県仁多郡奥出雲町) / 10:28~29(定刻 10:26~27)

 次の亀嵩では何か撮影が行われるようで、NHKのスタッフとJR西日本の職員が打ち合わせをしていた。到着すると前の扉で「そば」にお受け渡しが行われた。向かいの席の人の話によると、駅舎内に有名なそば屋が営業していて、予約すれば「弁当」形式のそばを列車に届けてくれるということだ。外の人はそば屋の店主のようで、そば屋のはっぴに駅長(?)の帽子を被っていた。また、後で分かったことだが、この駅は松本清張の「砂の器」のワンシーンとして登場しているとのこと。

 亀嵩駅(島根県仁多郡奥出雲町) / 10:41(定刻 10:39)

 次の出雲三成では列車交換のため6分間の停車時間が設けられているので、2分ほど遅れているがホームに出られるかなと思っていた。しかし、駅手前で赤信号のため停車した。交換列車の駅進入を待っているようだが、どうして駅構内まで行って停車しないのか分からない。
 結局3分くらい停車して、駅に到着したのは発車予定時刻の 10:53 だった。交換列車は入線していた。そんなわけでホームに降りる時間は無く、乗降だけ済ませて1分遅れの 10:54 に出発した。この駅では出雲横田で乗車した乗客が降りて、新たに1人が乗車した。

 出雲三成駅(島根県仁多郡奥出雲町) / 10:53~54(定刻 10:47~53)

 出雲八代では2人の乗客が降りたが、1人は出雲三成で乗車した地元の人だが、もう1人は三次からずっと一緒だった同業者らしき人だった。この近くに名所名跡はないようなのだが、ここで降りた目的は何なのだろう。まさか、地元の人だということは無いと思うのだが。

 車窓 / 出雲三成→出雲八代

 このままの乗客で、ほぼ定刻に終点木次に到着した。備後落合を出発した時より1人少ない12人(うち1人はJR西日本の職員)が下車した。改札に駅員がいたので、事情を話してきっぷの変更をお願いした。(三次駅では無人の時間帯で、みどりの券売機も営業開始前だったので、近距離券売機で購入できる木次線の1番遠くの駅(下久野、1880円)まで購入した。)すると、三次で購入した乗車券を払い戻して、新たに「三次-松江」間の乗車券を購入する手続きをとった。これが本来希望していた購入方法なので納得だ。
 木次での乗り換え時間は26分しか無かったが、駅前にショッピングセンターがあったので昼食のパンを購入した。小さな町にしては大型のショッピングセンターで、日中なのにそれなりに賑わっていた。

 JR西日本 / 木次駅(島根県雲南市) / 11:28 到着(乗り換え)11:54 発車

 駅に戻ると、既に1番線に宍道行き 1452D は入線していた。また木次線色のキハ120形0番台かと思って車両番号を確認すると、木次まで乗ってきた 1450D と同じ車両だった。時刻表上では別の列車になっているが、実際には同じ車両が列車番号を変えて運行しているのだ。こうしたことはよくあることだが、時刻表上に矢印で同じ列車が別の列車(列車番号が変更)になる旨表示されていることも多い。
 車両は「5」号機で、入口脇に「米キス」と表示してある。所属が米子支社木次鉄道部であることを意味するが、木次鉄道部所属の車両は昨年4月に後藤総合車両所出雲支所に転出したことになっている。表記の変更が未完了の可能性もあるが、何かの事情でこの車両は転出しないで木次鉄道部に籍が残っているのだろうか。

 木次線 普通 1452D 木次(11:54)発、宍道(12:28)行き
 
JR西日本キハ120形系気動車0番台 / 5(木次色/1両/JR西日本/後藤総合車両所出雲支所)

 木次からの乗客は4人で、定刻に出発した。備後落合から木次までのように秘境ローカル線ではないが、まだ山の中で下り勾配が続く。

 加茂中駅(島根県雲南市) / 12:13~14

 南宍道駅(島根県松江市) / 12:21~22

 あたりが開けて左から山陰本線が合流すると終点の宍道だ。途中で乗車があり、12人の乗客がここで降りた。宍道駅は国鉄時代の雰囲気の残ったいい感じの駅だが、駅舎内部が妙にモダンでちぐはぐな感じがした。どうしてかなと思ったが、展示物などを見てすぐにトワイライトエクスプレス瑞風のためだと分かった。

 JR西日本 / 宍道駅(島根県松江市) / 12:28 到着

 乗りつぶすのが目的で乗車した木次線だったが、三井野原-出雲坂根間の絶景と三段式スイッチバックは素晴らしかった。鉄道好きだけではなく、一般の観光客も是非訪れたいところだ。このように観光路線として素晴らしいものを持っているが、沿線人口が少なすぎて、輸送密度が低すぎるのが問題だ。
 1998年4月から行楽シーズンにトロッコ列車「奥出雲おろち号」が運転されているが、車両の老朽化に伴い2023年度の運行をもって終了する予定になっている。代替列車として観光列車「あめつち」が木次線乗り入れすることになっているが、「あめつち」は出雲横田-備後落合間には性能上乗り入れができない。観光列車としての核心部に乗り入れができないのが問題となっている。そうしたこともあり、木次線の将来がどうなるかは全くわからない。





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