岡山城

岡山県岡山市

日本百名城


別 名  烏城、金烏城
城郭構造  梯郭式平山城
天守構造  複合式望楼型4重6階 (非現存、1966年-鉄筋コンクリート造外観復元 )
築城主  上神高直
築城年  1346年-1369年(正平年間)
主な改修者  宇喜多秀家、小早川秀秋、池田忠雄
歴代城主  宇喜多氏、小早川氏、池田氏
廃城年  1873年 (明治6年)
遺 構  櫓、石垣、堀
指定文化財  重要文化財(月見櫓、西の丸西手櫓)、国の史跡
再建造物  外観復元天守、外観復元門、外観土塀


廊下門

(1966年 外観復元)
月見櫓

(現存、重要文化財)

元和・寛永年間(1615-1632年)築

数寄方櫓跡
多門櫓跡

(伊部櫓-数寄方櫓)
伊部櫓跡
多門櫓跡

(大納戸櫓-伊部櫓)
泉水
不明門

(1966年 外観復元)
六十一雁木上門

(1966年 復元)
天守

(1966年 外観復元、2022年 改修)
天守内部
鉄門跡
供腰掛

(復元、休憩所)
下の段から本段を見上げる
大納戸櫓の石垣
内下馬門付近の巨石(鏡石)
旭川対岸の遊歩道から天守を望む

 東海道・山陽新幹線を使って、広島城見学の二泊三日の旅に出かけた。広島城見学だけというわけでは無いので、旅行初日は新幹線を岡山で下車して、岡山城と後楽園を見学した。岡山城には学生時代に訪れたと思うが、その時の記憶は全くない。
 岡山城は 1873年(明治6年)の廃城令による取り壊しを免れたが、順次建物の取り壊し・堀の埋め立てが行われていき、最終的に、天守・月見櫓・西之丸西手櫓・石山門が残された。その後、岡山城天守は国宝(旧国宝)に指定されていたが、1945年(昭和20年)の岡山空襲で石山門と供に焼失してしまった。
 1964年〜1966年(昭和39年〜昭和41年)、天守を鉄筋コンクリートにて再建。同時に不明門・廊下門・六十一雁木上門・塀の一部も再建。現在の天守は瓦に桐紋が使われるなど、秀家当時のイメージで再建されている。なお、天守再建時に本来の出入り口である塩蔵の出入り口の他に、天守台に正面出入り口としてもう一つ出入り口を設けた。現在はこちらから直接天守地階に入るようになっている。
 2021年(令和3年)7月30日から 2022年(令和4年)11月まで耐震補強などを含めた「令和の大改修」が行われた。改修内容は、建物の耐震化、外観の塗り直し、展示内容のリニューアルだ。
 天気の良い休日なので混雑しているなと思ったら、当日(6月1日)は岡山市民の日ということで、いろいろイベントが行われていた。また、当日は天守の入場料が無料なので、得をした気分だ。しかし、博物館になっている天守の中は大混雑で、とてもゆっくり見学できる状態では無かった。また、重要文化財に指定されている西之丸西手櫓は 400メートルほど西の小学校跡地にあったが、事前調査が不十分で訪れること無く岡山城を後にしてしまった。惜しいことをした。

訪問日 : 2025.6.1





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