大垣城

岐阜県大垣市


別 名  麋城、巨鹿城
城郭構造  連郭輪郭複合式平城
天守構造  外観復元天守(複合式層塔型4重4階、鉄筋コンクリート造 - 1959年)
築城主  伝・宮川安定
築城年  伝・明応9年(1500年)
主な改修者  氏家直元、伊藤祐盛
歴代城主  竹腰氏、氏家氏、伊藤氏、岡部氏、久松松平氏、戸田氏
廃城年  1871年(明治4年)
遺 構  石垣、曲輪
指定文化財  大垣市指定史跡
再建造物  天守・乾櫓・艮櫓(外観復元)・門


東門

(「柳口門」を移築復元 - 1959年)
外観復元天守

(1959年 再建、鉄筋コンクリート造り → 2011年 改修)
鉄門跡
西門

(1985年建築、模擬門)
乾隅櫓

(1967年 再建、鉄筋コンクリート造り)
水之手門跡
艮隅櫓

(1959年 再建、鉄筋コンクリート造り)



 「青春18きっぷ」(3日間用)を利用して、昨年末に二泊三日の天橋立と彦根城を見学する旅に出かけた。行程が少し変更となり旅行三日目に少し時間が空いたので、大垣駅から歩いて 10分ほどの距離にある大垣城に立ち寄った。年末年始は休館なので復元天守の内部には入れなかったが、整備されている本丸跡には入ることが出来た。
 現在、大垣城は鉄筋コンクリートにより外観復元された天守があり、内部は資料館になっている。天守など一部の建物は破却を免れ、天守等が国宝(旧国宝)に指定されたが、1945年7月29日の大垣空襲により天守や艮櫓などが焼失した。天守は 1959年に、乾櫓は 1967年に鉄筋コンクリート構造で郡上八幡城を参考に外観復元された。観光用に窓を大きくするなどの改変がなされたが、その後 2011年、屋根瓦の葺き替えと外壁改修工事の際、戦後の再建時に改変された外観が、史料を基に焼失前の外観に近くなるように改修された。
 本丸のみ公園化されているが、随所が改変されていて城としての防御施設は実感しにくい。しかし、これだけの建物が再建されているのは貴重だ。本丸、二の丸跡の廻りは開発されてビルなどが建っていて、こんな所にあるのかというのが実感だ。もっと広い範囲を計画的に整備していけば市のシンボルになっただろうに、もったいないというのが正直言ったところだ。



訪問日 : 2024.12.31




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